2016年12月23日金曜日

君は「限界的練習」を知っているか?

- 超一流になるのは才能か努力か?
- 究極の鍛錬
- 君もチャンピオンになれる
- アメリカ海軍が実践している「無敵の心」の作り方
- GRIT

最近、人間が能力を最大限に伸ばすための、優れた本が出版されている。
その内容は主に、人間が能力を伸ばすには、漫然とした練習ではなく、発明的な練習、強いレベルの訓練が必要だというものだ。

僕は、まったく、決して、この本に書かれているような「世界レベルの人材」に近いわけではない。
それどころか、おそらくその対極にいる。
社会人が普通に身につけているスキルさえ身についておらず、基礎から作り上げているようなレベルだ。

その自分が「世界最高レベル」云々と書かれている本を読んで、果たして役に立つのだろうか?
仮に、今から最高の人材を目指したとして、人生の時間は足りるのだろうか?
今さらあがいたところで焼け石に水なのではないだろうか?

だが、世の中の物事は0か1ではない。
たとえ本に書かれているような世界レベルの人材に果てしなく遠くとも、今よりも少しでも良い訓練の仕方を身に着け、少しでも成果を得やすくなるならば、もっと人の役に立てるし、人生はもっと楽しいものになるはずだ。

そして、どうせ自己成長をしようと思うなら「世界最高レベル」といった境地から、トップダウンで考えていった方が良いというのは分かる。
たとえば草野球をしている少年でも、YouTubeでメジャーリーグの最高のプレイを観るのは最高の教材になるだろう。

重要なのは、物事と理解だ。
今までの悪が善に変わり、善が悪に変わる。

意識や肉体にプレッシャーがかかると、以前は「ストレスがかかっている」「やりすぎると嫌いになるから、ほどほどにしておこう」と考えていた。
だがこのプレッシャーこそが、自分を成長させてくれる要素なのだと考えれば、「でも、面白い」と理解することが出来る。体内の感覚が変わる。

僕はこの「辛い、でも楽しい」という感覚を、少しずつ育てていきたいと思った。
なぜ少しずつなのか? それはプレッシャーのレベルをいちどに上げすぎて、燃え尽きてしまったことも多々あるからだ。




0 件のコメント:

コメントを投稿