「意味」の起源を知っているだろうか。
それは「メッセージ」に対する「理解」だ。
たとえば、猿が甲高く声を上げたとする。
それは「敵が来た」というメッセージだ。
「甲高い声」という「メッセージの意味」を理解することで、意図の交換がおこなわれる。
このように「意味」は「メッセージ」に対して存在する。
逆に言えば、そもそもメッセージが発せられていないものに対しては、原理的に「意味」は存在しない。
だが、我々の言語は高度に発達しており、容易にこの起源は忘れられる。
「意味」というもの自体が、まるで物事の実体であるかのように考える。
なのでそもそも「メッセージ」ではないものに対して、過剰に「意味」を求めようとする。
たとえば「生きる意味はあるのか」「人生の意味とはなんだ」なんてことを、たまに人は考えたりする。
だが決して答えは見つからないはずだ。
なぜならそこには、そもそも「メッセージ」が存在しているわけではないからだ。
メッセージのないものを理解しようとしても、そこに明確な意味など見つかるはずはない。
我々の文化はあまりにも「意味を理解すること」を土台に作られているから、「意味」そのものが独り歩きをしている。
2017年2月25日土曜日
2017年2月23日木曜日
「人に好かれたい」は危ない世界観
人に好かれるのは嬉しい。
嫌われるよりも好かれた方がいい。
だけど「好かれることを目指す」のはわりと危険だ。
「好かれるか、嫌われるか」という基準を持つこと自体が危うい。
チョコレートがいかに美味くても、チョコレートを食べるためだけの生活が幸福とは限らない。
「好かれること」が一瞬、いかに嬉しくても、「好かれることを目指して生きること」が幸福とは限らない。
たとえば「人に好かれたすぎる自分」をある部分、諦めるために、
「すべての人に好かれることは出来ない」と言ったりする。
けれど、これもまた「好かれるか」「嫌われるか」という評価軸で世の中を見ている事自体が、もう既に危ない。
そして「人に好かれたい」「人に嫌われたくない」という考え方は、自分主体の価値観だ。
なにかがズレている。人に好かれようと考え始めた時点で、自分中心の世界観を描いているように思う。
だけど、こう考えてみることも出来る。
人と「良好な関係を築くこと」ならば可能だと。
そのために努力することも出来る。
「人に好かれたい」という考え方とは逆に、
「関係を築く」というのは双方向の考え方だ。
すべての人に好かれることは出来なくても、すべての人と、できるだけ良好な関係を築こうと努力することは出来る。
嫌われるよりも好かれた方がいい。
だけど「好かれることを目指す」のはわりと危険だ。
「好かれるか、嫌われるか」という基準を持つこと自体が危うい。
チョコレートがいかに美味くても、チョコレートを食べるためだけの生活が幸福とは限らない。
「好かれること」が一瞬、いかに嬉しくても、「好かれることを目指して生きること」が幸福とは限らない。
たとえば「人に好かれたすぎる自分」をある部分、諦めるために、
「すべての人に好かれることは出来ない」と言ったりする。
けれど、これもまた「好かれるか」「嫌われるか」という評価軸で世の中を見ている事自体が、もう既に危ない。
そして「人に好かれたい」「人に嫌われたくない」という考え方は、自分主体の価値観だ。
なにかがズレている。人に好かれようと考え始めた時点で、自分中心の世界観を描いているように思う。
だけど、こう考えてみることも出来る。
人と「良好な関係を築くこと」ならば可能だと。
そのために努力することも出来る。
「人に好かれたい」という考え方とは逆に、
「関係を築く」というのは双方向の考え方だ。
すべての人に好かれることは出来なくても、すべての人と、できるだけ良好な関係を築こうと努力することは出来る。
2017年2月19日日曜日
コーヒーメイカーをやめてボダムのフレンチプレスを買うまでの道のり | コーヒー超初心者の挑戦
よくインスタントコーヒーを飲む。
マウントハーゲンのカフェインレスだ。
(カフェインレスコーヒーのインスタントは数が少なくて、Amazonで買えるのも4種類ぐらい)
だが、自宅で美味しいコーヒーを飲みたくなった。
「インスタントコーヒーで十分満足だ」と思うものの、やはりスタバや、こだわりのあるカフェで飲むコーヒーは、もっと美味しい。
(コーヒーに力を入れている店と、入れていない店の違いぐらいは分かるようになった。隠れ家的な洒落たカフェなのに、インスタントコーヒーより味が落ちるのを出す店もある)
だが、そもそもコーヒーをどう淹れるのかが分からない。
コーヒー豆が存在する分かる。
だけどインスタントコーヒーと、インスタントコーヒーじゃないのにサラサラした粉の違いが分からない。
- インスタントコーヒー => お湯を入れればOK
- コーヒー豆 => 作り方は?
- 挽いた豆 => 作り方は?
- 他にも種類がある?
ぐらいの理解だった。
ネフカフェのバリスタ(コーヒーメイカーではなく、インスタントコーヒーメイカー)にレギュラーコーヒーを入れて、壊したこともあるぐらいだ。
とりあえず「コーヒー豆」よりは難易度の低そうな「インスタントコーヒーじゃないのにサラサラした奴」に挑戦することにした。
どうやらこれは、コーヒー豆を挽いたものらしい。
コーヒー豆は挽いて使うことは、もちろん知っていたが、市販されているのが「コーヒ豆とは全く別系統のもの」ではなく「コーヒー豆を挽いた状態のもの」だとは知らなかった。
ということはコーヒー豆を自分で挽くか挽かないかの違いがあるだけだ。
だんだんぼんやりと、世の中には「レギュラーコーヒー」と「インスタントコーヒー」の二種類しか存在しないことが分かり始めた。(本当だろうか?)
インスタントコーヒーと区別するために、レギュラーコーヒーという言葉があることも知った。
そしてここまで理解したは良いものの、「コーヒーの淹れ方」や「淹れるための器具」にもいろいろな種類がありそうだ。
こちらも理解する必要がある。(なぜなら、淹れ方を理解していないコーヒーは淹れられない)
「コーヒー 淹れ方」で検索すると、
「ハンドドリップ」というやり方では「ペーパーフィルタ」「ドリッパー」「サーバー」「ドリップポッド」「カップ&ソーサー」が必要らしい。
1杯のコーヒーを淹れるのにもこんなに道具を使わなければいけないのかと思い、挫折しそうになった。
特によく分からなかったのが「ドリッパー」で、こいつはいかにもマグカップみたいな形をしておいて、取っ手まで付いているにも関わらず、ペーパーフィルタを固定するための台に過ぎないらしい。
「ドリップポッド」は要するにヤカンだ。
「サーバー」は抽出したコーヒーを入れておくためのもの。
コーヒーをたくさん作っておいて、少しずつカップに注ぐんだな。
こんな風に、ネットで色々と調べているうちに、基本的には「ペーパーフィルタ」と「お湯」さえあればコーヒーが淹れられそうだ、ということが分かってきた。
そこで手始めに、コンビニでペーパーフィルタ付のドリップコーヒーを買って、試してみることにした。
(ペーパーフィルタとレギュラーコーヒーと紙のドリッパーが合体しているやつだ)
だがこれでもけっこう面倒で、200mlのコーヒーを作るために、けっこう時間をかけなければいけない。
美味しく手軽にコーヒーを飲むには、やはりコーヒーメイカーが必要だな、と思った。
家電量販店には基本的に、試飲コーナーさえない。
これがまた僕を悩ませた。どうやって買う判断をすれば良いのだろう。
コーヒーメーカーもピンキリで、1000円のものから数万円のものまである。
だがここまで値段に差があるということは「1000円以上は、付随価値」だという風に理解した。
つまり、1000円のコーヒーメイカーでも、数万円のコーヒーメイカーでも、ドリップコーヒーの美味しさ自体には違いはないんじゃないだろうか。
そもそも、ペーパーフィルタを通してお湯を注ぐだけなのだから。
コーヒーメイカーを選ぶにあたって「なるべく手軽なのが良い」と思った。
あとは「コーヒー豆を挽けるタイプかどうか」は選びどころだった。
あんまり最初から頑張りすぎても、コーヒー豆を挽くまではやらないかもしれないし。
かといって後から「コーヒー豆を挽いて飲みたい」と後悔するのは嫌だし。
結論としては「コーヒー豆を自分で挽きたくなったら、別売りのミルを買う」という手があることに思い至って、コーヒーメイカー自体はドリップだけ出来るものに決めた。
ペーパーフィルターを使うタイプか、メッシュフィルターを使うタイプかも悩んだが、これも「後から別売りのメッシュフィルターに差し替える」ことも出来そうな感じなので、シンプルにペーパーフィルタータイプのものを買うことにした。
(コーヒーメイカーとフィルタは分けて考えたほうが良い、と価格.com の口コミにあって、助かった)
サーバーはステンレスのものに決めた。
コーヒーが煮詰まらずに美味しいままで保てるらしいし、あとは、ガラス製のサーバーを落として、部屋で割った時の悲惨さを想像したから。
そして最終的に象印かタイガーかで迷い、タイガーのステンレスサーバー製のコーヒーメイカーに決めた。
だが最終決定を下した1分後に「フレンチプレス」というものを見つけて「なんだこれは。。」と目を引かれた。
ここまで時間をかけて決めたのに、またひとつ選択肢が増えてしまった。
10分ほど携帯で検索したりして悩んだ結果、
Amazonで「ボダムのフレンチプレスコーヒーメーカー (ステンレス製)」を注文したのだった。

あまり図体がでかくなく、シンプルで小回りが効きそう。デザインもたぶん悪くない。
ペーパーフィルタを使わないところも良い。
一番の問題は「手間」だったのだが、
どうせ電動のコーヒーメイカーを買っても、水を入れ替えたり、ペーパーフィルタを入れ替えたりする手間が発生するから、こちらの方がむしろシンプルなオペレーションになるのではないかとう判断だ。
ということで、こいつを注文した帰りにスターバックスで「デカフェのハウスブレンドの豆」を買って帰り、今は自宅でフレンチプレスコーヒーメイカーの到着を待っているところだ。
(コーヒー豆を買うことにさえ慣れてないから「挽き方はどうされますか?」「ペーパーフィルタを使われてますか?」と聞かれてギクッとした)
果たしてこいつを愛用するかどうかは、使ってみなければ分からない。
「やっぱり、インスタントコーヒーが手軽だよね」って思うかもしれない。
そもそもコーヒーの淹れ方を知っている人にとっては笑える話だろうが。
コーヒーの世界は複雑に進化し、このように、初学者には非常に難易度の高いものであった。
豆に種類があり、淹れ方に種類があり、器具にも種類があり、それぞれが多様に分岐しているからだ。
---
追記:
美味い! 当たり前かもしれないが、スタバで飲むのと同じ味がした。
豆の値段を計算するとマグカップ1杯で100円以上にはなりそうなので、インスタントよりかなり高額なことが分かった。(スタバのカフェインレスの場合)
たまの贅沢には良いかも。
マウントハーゲンのカフェインレスだ。
(カフェインレスコーヒーのインスタントは数が少なくて、Amazonで買えるのも4種類ぐらい)
だが、自宅で美味しいコーヒーを飲みたくなった。
「インスタントコーヒーで十分満足だ」と思うものの、やはりスタバや、こだわりのあるカフェで飲むコーヒーは、もっと美味しい。
(コーヒーに力を入れている店と、入れていない店の違いぐらいは分かるようになった。隠れ家的な洒落たカフェなのに、インスタントコーヒーより味が落ちるのを出す店もある)
だが、そもそもコーヒーをどう淹れるのかが分からない。
コーヒー豆が存在する分かる。
だけどインスタントコーヒーと、インスタントコーヒーじゃないのにサラサラした粉の違いが分からない。
- インスタントコーヒー => お湯を入れればOK
- コーヒー豆 => 作り方は?
- 挽いた豆 => 作り方は?
- 他にも種類がある?
ぐらいの理解だった。
ネフカフェのバリスタ(コーヒーメイカーではなく、インスタントコーヒーメイカー)にレギュラーコーヒーを入れて、壊したこともあるぐらいだ。
とりあえず「コーヒー豆」よりは難易度の低そうな「インスタントコーヒーじゃないのにサラサラした奴」に挑戦することにした。
どうやらこれは、コーヒー豆を挽いたものらしい。
コーヒー豆は挽いて使うことは、もちろん知っていたが、市販されているのが「コーヒ豆とは全く別系統のもの」ではなく「コーヒー豆を挽いた状態のもの」だとは知らなかった。
ということはコーヒー豆を自分で挽くか挽かないかの違いがあるだけだ。
だんだんぼんやりと、世の中には「レギュラーコーヒー」と「インスタントコーヒー」の二種類しか存在しないことが分かり始めた。(本当だろうか?)
インスタントコーヒーと区別するために、レギュラーコーヒーという言葉があることも知った。
そしてここまで理解したは良いものの、「コーヒーの淹れ方」や「淹れるための器具」にもいろいろな種類がありそうだ。
こちらも理解する必要がある。(なぜなら、淹れ方を理解していないコーヒーは淹れられない)
「コーヒー 淹れ方」で検索すると、
「ハンドドリップ」というやり方では「ペーパーフィルタ」「ドリッパー」「サーバー」「ドリップポッド」「カップ&ソーサー」が必要らしい。
1杯のコーヒーを淹れるのにもこんなに道具を使わなければいけないのかと思い、挫折しそうになった。
特によく分からなかったのが「ドリッパー」で、こいつはいかにもマグカップみたいな形をしておいて、取っ手まで付いているにも関わらず、ペーパーフィルタを固定するための台に過ぎないらしい。
「ドリップポッド」は要するにヤカンだ。
「サーバー」は抽出したコーヒーを入れておくためのもの。
コーヒーをたくさん作っておいて、少しずつカップに注ぐんだな。
こんな風に、ネットで色々と調べているうちに、基本的には「ペーパーフィルタ」と「お湯」さえあればコーヒーが淹れられそうだ、ということが分かってきた。
そこで手始めに、コンビニでペーパーフィルタ付のドリップコーヒーを買って、試してみることにした。
(ペーパーフィルタとレギュラーコーヒーと紙のドリッパーが合体しているやつだ)
だがこれでもけっこう面倒で、200mlのコーヒーを作るために、けっこう時間をかけなければいけない。
美味しく手軽にコーヒーを飲むには、やはりコーヒーメイカーが必要だな、と思った。
家電量販店には基本的に、試飲コーナーさえない。
これがまた僕を悩ませた。どうやって買う判断をすれば良いのだろう。
コーヒーメーカーもピンキリで、1000円のものから数万円のものまである。
だがここまで値段に差があるということは「1000円以上は、付随価値」だという風に理解した。
つまり、1000円のコーヒーメイカーでも、数万円のコーヒーメイカーでも、ドリップコーヒーの美味しさ自体には違いはないんじゃないだろうか。
そもそも、ペーパーフィルタを通してお湯を注ぐだけなのだから。
コーヒーメイカーを選ぶにあたって「なるべく手軽なのが良い」と思った。
あとは「コーヒー豆を挽けるタイプかどうか」は選びどころだった。
あんまり最初から頑張りすぎても、コーヒー豆を挽くまではやらないかもしれないし。
かといって後から「コーヒー豆を挽いて飲みたい」と後悔するのは嫌だし。
結論としては「コーヒー豆を自分で挽きたくなったら、別売りのミルを買う」という手があることに思い至って、コーヒーメイカー自体はドリップだけ出来るものに決めた。
ペーパーフィルターを使うタイプか、メッシュフィルターを使うタイプかも悩んだが、これも「後から別売りのメッシュフィルターに差し替える」ことも出来そうな感じなので、シンプルにペーパーフィルタータイプのものを買うことにした。
(コーヒーメイカーとフィルタは分けて考えたほうが良い、と価格.com の口コミにあって、助かった)
サーバーはステンレスのものに決めた。
コーヒーが煮詰まらずに美味しいままで保てるらしいし、あとは、ガラス製のサーバーを落として、部屋で割った時の悲惨さを想像したから。
そして最終的に象印かタイガーかで迷い、タイガーのステンレスサーバー製のコーヒーメイカーに決めた。
だが最終決定を下した1分後に「フレンチプレス」というものを見つけて「なんだこれは。。」と目を引かれた。
ここまで時間をかけて決めたのに、またひとつ選択肢が増えてしまった。
10分ほど携帯で検索したりして悩んだ結果、
Amazonで「ボダムのフレンチプレスコーヒーメーカー (ステンレス製)」を注文したのだった。

あまり図体がでかくなく、シンプルで小回りが効きそう。デザインもたぶん悪くない。
ペーパーフィルタを使わないところも良い。
どうせ電動のコーヒーメイカーを買っても、水を入れ替えたり、ペーパーフィルタを入れ替えたりする手間が発生するから、こちらの方がむしろシンプルなオペレーションになるのではないかとう判断だ。
ということで、こいつを注文した帰りにスターバックスで「デカフェのハウスブレンドの豆」を買って帰り、今は自宅でフレンチプレスコーヒーメイカーの到着を待っているところだ。
(コーヒー豆を買うことにさえ慣れてないから「挽き方はどうされますか?」「ペーパーフィルタを使われてますか?」と聞かれてギクッとした)
果たしてこいつを愛用するかどうかは、使ってみなければ分からない。
「やっぱり、インスタントコーヒーが手軽だよね」って思うかもしれない。
そもそもコーヒーの淹れ方を知っている人にとっては笑える話だろうが。
コーヒーの世界は複雑に進化し、このように、初学者には非常に難易度の高いものであった。
豆に種類があり、淹れ方に種類があり、器具にも種類があり、それぞれが多様に分岐しているからだ。
---
追記:
美味い! 当たり前かもしれないが、スタバで飲むのと同じ味がした。
豆の値段を計算するとマグカップ1杯で100円以上にはなりそうなので、インスタントよりかなり高額なことが分かった。(スタバのカフェインレスの場合)
たまの贅沢には良いかも。
2017年2月18日土曜日
ヤマトの家財宅急便でマッサージチェアを送った話
[料金内訳]
機種 フジ医療 サイバーリラックス AS-1000
配送料 19170円 ( ランク E )
分解 3240円
組立 4860円
保険 600円 (30万円分保証)
合計 27670円
時は2月。
ちなみに、ウェブから他の引越し屋さんに見積もりをお願いしても、全社これより高額だった。
(平日の、時間指定なしの便でも 4万円近い見積もりだった)
[作業]
ところでこれ、最初に家電量販店で購入して搬入してもらう時は、業者名は忘れたけど、やけに時間がかかった。
室内のドアを外したり、洗濯機を部屋の外まで出したり、「部屋の中に傷がついても文句言いません」って誓約書みたいなのを書いたり、なかなか手順が多かった。
(洗濯機は何故か、僕がひとりで運んだ)
全作業に1時間ぐらいはかかった。
しかし、ヤマトの家財宅急便の人は、ドアを外したり、洗濯機を外に出すこともなく、いつの間にかマッサージチェアを室外に搬出していた。
組立・解体の説明書も、始めて読むもののはずなのに、15分ほどで全ての作業が終わっていた。
一体どんな魔法を使ったんだろう。
[経緯]
ヨドバシカメラの体験コーナーで選びに選び抜いて、当時の最上位を買ってから1年が経過。
一時期は本当に肩がこって、どうにか解決したいと思っていた。
毎日マッサージチェアに乗っていて「これがあるから生きていられる」ぐらいの状況だった。
肩こりが、全ての苦しみの50%を生み出していると思えるぐらい辛かった。
「これさえなければ、よほど日常や仕事が楽しくなるだろう」という状況だった。
姿勢を意識したり、PCを触る時の体勢を工夫したり、こまめに肩を回したり、腕立て伏せをしたり、あらゆる手をつくしても解消しないので、困り果てていた。
だからマッサージチェアは救世主のような存在だった。
しかし1年が経過し、1ヶ月間も2ヶ月間も、体がマッサージチェアを必要としなくなった。
なので実家に送ることにした。
35万円分のプレゼントだ。
(まあ中古だし、1年経過した今は、もっと安くなっていると思うけれど)
本体の1/10ほどの値段の配送料がかかったけれど、このまま部屋でスペースを取りながら腐らせるよりは、家族に喜んで、重宝してもらった方がずっと良い。
肩がこらなくなった、具体的な理由は分からない。
仕事に体が慣れたのか、PCに向かう角度の問題なのか、それとも半年前に瞑想を始めたからなのか。
おそらく無意識の体の緊張が、肩こりに大きな影響を与えていたのだと思う。
しかしマッサージチェアがなくなって、部屋の片隅にかなりのスペースが生まれてしまった。
空白が出来たら埋めたくなるのが人間のサガで「ここに何を置こうかな」と考えてしまう。
機種 フジ医療 サイバーリラックス AS-1000
配送料 19170円 ( ランク E )
分解 3240円
組立 4860円
保険 600円 (30万円分保証)
合計 27670円
時は2月。
ちなみに、ウェブから他の引越し屋さんに見積もりをお願いしても、全社これより高額だった。
(平日の、時間指定なしの便でも 4万円近い見積もりだった)
[作業]
ところでこれ、最初に家電量販店で購入して搬入してもらう時は、業者名は忘れたけど、やけに時間がかかった。
室内のドアを外したり、洗濯機を部屋の外まで出したり、「部屋の中に傷がついても文句言いません」って誓約書みたいなのを書いたり、なかなか手順が多かった。
(洗濯機は何故か、僕がひとりで運んだ)
全作業に1時間ぐらいはかかった。
しかし、ヤマトの家財宅急便の人は、ドアを外したり、洗濯機を外に出すこともなく、いつの間にかマッサージチェアを室外に搬出していた。
組立・解体の説明書も、始めて読むもののはずなのに、15分ほどで全ての作業が終わっていた。
一体どんな魔法を使ったんだろう。
[経緯]
ヨドバシカメラの体験コーナーで選びに選び抜いて、当時の最上位を買ってから1年が経過。
一時期は本当に肩がこって、どうにか解決したいと思っていた。
毎日マッサージチェアに乗っていて「これがあるから生きていられる」ぐらいの状況だった。
肩こりが、全ての苦しみの50%を生み出していると思えるぐらい辛かった。
「これさえなければ、よほど日常や仕事が楽しくなるだろう」という状況だった。
姿勢を意識したり、PCを触る時の体勢を工夫したり、こまめに肩を回したり、腕立て伏せをしたり、あらゆる手をつくしても解消しないので、困り果てていた。
だからマッサージチェアは救世主のような存在だった。
しかし1年が経過し、1ヶ月間も2ヶ月間も、体がマッサージチェアを必要としなくなった。
なので実家に送ることにした。
35万円分のプレゼントだ。
(まあ中古だし、1年経過した今は、もっと安くなっていると思うけれど)
本体の1/10ほどの値段の配送料がかかったけれど、このまま部屋でスペースを取りながら腐らせるよりは、家族に喜んで、重宝してもらった方がずっと良い。
肩がこらなくなった、具体的な理由は分からない。
仕事に体が慣れたのか、PCに向かう角度の問題なのか、それとも半年前に瞑想を始めたからなのか。
おそらく無意識の体の緊張が、肩こりに大きな影響を与えていたのだと思う。
しかしマッサージチェアがなくなって、部屋の片隅にかなりのスペースが生まれてしまった。
空白が出来たら埋めたくなるのが人間のサガで「ここに何を置こうかな」と考えてしまう。
一拍置く人 | 人間ディレイさん
「あ、また同じ間のとり方だ」。
人間ディレイさん。
何か人と違う「特定の間」がある人。
僕は今までで3人、まったく同じ間のとり方をする人と話したことがある。
たとえば僕が彼と話す。
その人は必ず1秒だけ硬直する。
表情も変わらない。決して考え込んでいる風でもない。
時間が止まったような瞬間。必ず1秒ほどのディレイが発生するのだ。
そしてそのディレイが終わってから、彼は話し始める。
僕がさらに言葉を返す。
彼はまたキッチリ1秒だけ硬直する。
そのディレイが終わると、また話し始める。
たとえ何度会話のやり取りした、この「きっちりとした1秒ほどのディレイ」が、必ず繰り返される。このフォームが崩れることはない。
なんだか遠くの場所と中継してるような感じだ。
人間は、話の内容の違いによって、すぐに答えられたり、逆に考え込んだりするのが自然だと思うのだけれど。
彼にはそういうことがない。「必ずキッチリ1秒ほど硬直する」。
理由は分かっていない。
この1秒間に、彼の頭では何が起こっているのか。
謎だ。
ただの癖なのか。
本人も無意識なのかどうなのか。
スピードが遅いように見て、実は一瞬のうちに、ものすごい量の計算がおこなわれているのか。
ちなみにこの3人の中で1人は、損得勘定で動くタイプで、相手に損をさせて、自分の得になることばかりしていた。
だから残りの2人も、そうなんじゃないかという偏見の目で見てしまう。
本当のところ、どうなんだろう。
そして「人間ディレイさん」に気付いている人は、僕以外にいるのだろうか。
2017年2月15日水曜日
アイスコーヒーが美味い理由 | 僕らは脳で飲食する
僕らは食べ物や飲み物を、脳で味わう。
「冷めたコーヒー」が美味いのは、この世に「アイスコーヒー」という言葉があるからだ。
もしこの言葉が存在しなければ、「アイスコーヒー」はただの「ホットコーヒーが冷めたもの」になってしまい、不味く感じる。
たとえば有名な言い回しで「冷めたピザ」は不味いと言われるが「冷製ピザ」なんてという名前を空想しながら食べてみると、案外いけたりする。(僕は嫌いじゃない)
僕らは「言葉で理解できるもの」「想像できるもの」を食べる傾向にある。
逆に「言葉で理解できないもの」は避けたり、不味いと感じたりする。
なので、お祭りではたこやきの屋台に行列が並ぶが、目新しい屋台は閑散としている。
子供の頃からマクドナルドで育った人は、大人になってもマクドナルドに自然と引き寄せられる。
駅近にいかに美味いインドカレー料理屋があっても、通い詰めるのはハズレのないラーメン屋だ。
これを狩猟民族的に考えると、毒を避け、安全が確保されたものだけを食べよう、という本能なのかもしれない。
「冷めたコーヒー」が美味いのは、この世に「アイスコーヒー」という言葉があるからだ。
もしこの言葉が存在しなければ、「アイスコーヒー」はただの「ホットコーヒーが冷めたもの」になってしまい、不味く感じる。
たとえば有名な言い回しで「冷めたピザ」は不味いと言われるが「冷製ピザ」なんてという名前を空想しながら食べてみると、案外いけたりする。(僕は嫌いじゃない)
僕らは「言葉で理解できるもの」「想像できるもの」を食べる傾向にある。
逆に「言葉で理解できないもの」は避けたり、不味いと感じたりする。
なので、お祭りではたこやきの屋台に行列が並ぶが、目新しい屋台は閑散としている。
子供の頃からマクドナルドで育った人は、大人になってもマクドナルドに自然と引き寄せられる。
駅近にいかに美味いインドカレー料理屋があっても、通い詰めるのはハズレのないラーメン屋だ。
これを狩猟民族的に考えると、毒を避け、安全が確保されたものだけを食べよう、という本能なのかもしれない。
2017年2月13日月曜日
人の話を聞く重要さ | 鈍感な世界に生きる 敏感な人たち
世の中には、敏感なタイプの人間と、鈍感なタイプの人間がいる。
敏感な人間と鈍感な人間で、世界は成り立っている。
だからお互いが手を取り合うときには、素晴らしいパートナーシップが築けるはずだ。
だけど、お互いの距離は、けっこう長かったりする。(あえて「溝が深い」とは書かないでおく)
「男性は火星から、女性は金星からやってきた」と、ある心理学者は言った。
同じように「敏感な人間」と「鈍感な人間」の間にも、異星ほどの距離があるように思うことがある。
ちなみにここでいう「敏感」「鈍感」というのは、決して良し悪しのことではない。
良い部分と悪い部分の両方をあわせもつ、性質のひとつのことだ。
ところで僕は敏感なタイプの人間だ。
だからこそ、このようなブログを書いている。
そして敏感なタイプである僕にとって「相手が話を聞いてくれるかどうか」というのは、とても重要な問題だ。
プライベートではよく、人が「ちゃんと話を聞いてくれているか」がとても気になる。
「あ、この人はちゃんと話を聞いていないな」とか、
「聞いているふりをしているけど、まったく伝わっていないな」とかいうことが、敏感によく分かってしまう。
(あるいは、よく分かったつもりになっている)
自分が話しても、相手はちゃんと聞いてくれなかった。
伝える努力をしても、理解する努力をしてもらえなかった。
話を途中でさえぎられることが、100回も繰り返された。
こんな経験を繰り返すたびに、
「自分が話しても、どうせ人には伝わらないだろうな」と思って、話すことさえ諦めてしまう。
話さないから、伝わらない。
伝わらないから、話さない。
これは悪循環だ。
だけれど、そんな状況だから、
「話をちゃんと聞いてくれる経験」の貴重さはさらに増し、需要は高まってゆく。
これは本当に切実で、まるで喉を乾かしながら、砂漠にいるような気持ちだ。
「人の話をちゃんと聞くこと」の貴重さを、切実に感じる時こそ、逆に、人の話はちゃんと聞こうと心がける。
だけどいつでも「人の話をよく聞こう」と心がけるだけで、「自分の話を聞いてくれる人」には、結局出会えずじまいなのだ。
このように「これもダメ」「あれもダメ」と考えて、敏感な人間というのは、まったく気難しいものだと思う。
それにたぶん僕自身も、自分が思うより10分の1も、人の話を聞いてはいないだろう。
だけど、それでも「話を聞かない人」といると、辛い。
「話を聞かない人」は、あまり人に質問をしない。
なぜなら、興味の中心は自分自身だからだ。
仮に質問をしたとしても、自分の話をするための「踏み台」だったりする。
よく観察すると、すべての話が「自分の話」に集約されていることが分かる。
だから、こちらの話をよく噛み砕いて、理解しようと努めたりしてくれない。
咀嚼せずにすぐに飲み込んでしまう。
飲み込んだと思いきや、口の端から漏れている。
話を聞かない人は、
「すぐには理解できないもの」
「ちょっと立ち止まって、想像しなければ分からないこと」
が世界にあるなんて、思いもよらない。
だから僕が何か話をしていても、脊髄反射で言葉を返して、言葉を大事に扱うなんてことはしないのだ。
「うん」「そうだね」「本当だね」「その気持ち、分かる」
「それって、どういうこと?」「ちょっと考えてみるね」
こんな当たり前の言葉が、僕は欲しい。
「はいはい」「つまりさ」「ところでさ」
「それはともかく」「気にするなよ」「俺の場合は」
こんな言葉は、僕は欲しくない。
ところで周りを見渡すと、人はあまり「話を聞くこと」や「話を聞いてくれること」なんか、そもそも気にしていないように思える。
僕は「人の話を聞くことは重要だ」と思うけれど、他の人は違う考えを持っているのかもしれない。
これは単に、ディスコミュニケーションに気付いていないだけなのか。
それとも、気付いてはいるが、気にしていないだけなのか。
それとも、実は人のコミュ力が遥かに高くて、僕がついていけていないだけなのか。
それは分からない。
まず僕が、人の話をよく聞いて、だから相手も、僕の話をよく聞いてくれる。
そんな関係が、僕にとっては理想なのだ。
敏感な人間と鈍感な人間で、世界は成り立っている。
だからお互いが手を取り合うときには、素晴らしいパートナーシップが築けるはずだ。
だけど、お互いの距離は、けっこう長かったりする。(あえて「溝が深い」とは書かないでおく)
「男性は火星から、女性は金星からやってきた」と、ある心理学者は言った。
同じように「敏感な人間」と「鈍感な人間」の間にも、異星ほどの距離があるように思うことがある。
良い部分と悪い部分の両方をあわせもつ、性質のひとつのことだ。
ところで僕は敏感なタイプの人間だ。
だからこそ、このようなブログを書いている。
そして敏感なタイプである僕にとって「相手が話を聞いてくれるかどうか」というのは、とても重要な問題だ。
プライベートではよく、人が「ちゃんと話を聞いてくれているか」がとても気になる。
「あ、この人はちゃんと話を聞いていないな」とか、
「聞いているふりをしているけど、まったく伝わっていないな」とかいうことが、敏感によく分かってしまう。
(あるいは、よく分かったつもりになっている)
自分が話しても、相手はちゃんと聞いてくれなかった。
伝える努力をしても、理解する努力をしてもらえなかった。
話を途中でさえぎられることが、100回も繰り返された。
こんな経験を繰り返すたびに、
「自分が話しても、どうせ人には伝わらないだろうな」と思って、話すことさえ諦めてしまう。
話さないから、伝わらない。
伝わらないから、話さない。
これは悪循環だ。
だけれど、そんな状況だから、
「話をちゃんと聞いてくれる経験」の貴重さはさらに増し、需要は高まってゆく。
これは本当に切実で、まるで喉を乾かしながら、砂漠にいるような気持ちだ。
「人の話をちゃんと聞くこと」の貴重さを、切実に感じる時こそ、逆に、人の話はちゃんと聞こうと心がける。
だけどいつでも「人の話をよく聞こう」と心がけるだけで、「自分の話を聞いてくれる人」には、結局出会えずじまいなのだ。
このように「これもダメ」「あれもダメ」と考えて、敏感な人間というのは、まったく気難しいものだと思う。
それにたぶん僕自身も、自分が思うより10分の1も、人の話を聞いてはいないだろう。
だけど、それでも「話を聞かない人」といると、辛い。
「話を聞かない人」は、あまり人に質問をしない。
なぜなら、興味の中心は自分自身だからだ。
仮に質問をしたとしても、自分の話をするための「踏み台」だったりする。
よく観察すると、すべての話が「自分の話」に集約されていることが分かる。
だから、こちらの話をよく噛み砕いて、理解しようと努めたりしてくれない。
咀嚼せずにすぐに飲み込んでしまう。
飲み込んだと思いきや、口の端から漏れている。
話を聞かない人は、
「すぐには理解できないもの」
「ちょっと立ち止まって、想像しなければ分からないこと」
が世界にあるなんて、思いもよらない。
だから僕が何か話をしていても、脊髄反射で言葉を返して、言葉を大事に扱うなんてことはしないのだ。
「うん」「そうだね」「本当だね」「その気持ち、分かる」
「それって、どういうこと?」「ちょっと考えてみるね」
こんな当たり前の言葉が、僕は欲しい。
「はいはい」「つまりさ」「ところでさ」
「それはともかく」「気にするなよ」「俺の場合は」
こんな言葉は、僕は欲しくない。
ところで周りを見渡すと、人はあまり「話を聞くこと」や「話を聞いてくれること」なんか、そもそも気にしていないように思える。
僕は「人の話を聞くことは重要だ」と思うけれど、他の人は違う考えを持っているのかもしれない。
これは単に、ディスコミュニケーションに気付いていないだけなのか。
それとも、気付いてはいるが、気にしていないだけなのか。
それとも、実は人のコミュ力が遥かに高くて、僕がついていけていないだけなのか。
それは分からない。
まず僕が、人の話をよく聞いて、だから相手も、僕の話をよく聞いてくれる。
そんな関係が、僕にとっては理想なのだ。
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